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千葉地方裁判所 昭和49年(ワ)114号 判決 1975年12月25日

原告

上野安子

ほか四名

被告

千葉県

ほか二名

主文

1  被告青野茂および被告青野弘は各自、原告上野安子、原告上野敏夫、原告上野恵子に対し各金五六七万七〇三〇円、原告上野太重郎に対し金二六〇万円、原告上野志波に対し金五〇万円、および右各金員(ただし原告上野太重郎についてはうち金一一〇万円について)に対する昭和四八年六月二八日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告青野茂および被告青野弘に対するその余の請求および原告らの被告千葉県に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らと被告千葉県との間でのみ生じたものは原告らの負担とし、その余は四分しその三を原告らの、その余を被告青野茂および被告青野弘の各負担とする。

4  この判決は、原告ら勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告上野安子に対し金二六一九万五五七三円、同上野敏夫、同上野恵子に対し各金二四一九万五五七三円、同上野志波に対し金二〇〇万円および右各金員に対する昭和四八年六月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告上野太重郎に対し金一〇四五万円および内金二九五万円に対する昭和四八年六月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は仮りに執行することができる。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生および結果

(一) 発生時 昭和四八年六月二七日午後一〇時一〇分頃

(二) 発生地 千葉県柏市豊四季五四七番地先千葉県道柏松戸線路上

(三) 被告車 小型乗用自動車足立五五ふ一八〇三号

(四) 態様 被告青野弘は、被告車を運転して前記道路を富里方面から中新宿方面に向け進行中、同車からみて、その左前方を反対方向から歩行してきた訴外上野健次に被告車を衝突させた。右事故により同人は脳挫傷の傷害を受け、右傷害により、翌二八日午前一時四五分頃死亡した。

2  原告らの身分関係

原告上野安子は亡上野健次の妻、同上野敏夫、同上野恵子は子、同上野太重郎は父、同上野志波は母である。

3  責任原因

(一) 被告青野茂

被告青野茂は、被告車の所有者でこれを自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条の責任がある。

(二) 被告青野弘

被告青野弘は、女性とドライブのため被告車を同居の弟たる被告青野茂より借り受けて運転していたものであるから、自賠法上の運行支配と運行利益を有しており、運行供用者としての責任がある。また同被告は制限速度違反、前方不注意等の過失により運転を誤り本件事故を惹起したもので民法第七〇九条による責任がある。

(三) 被告千葉県

(1) 本件事故が発生した道路は柏市と松戸市を結ぶ千葉県道であつて千葉県の管理のもとにある。

(2) 本件事故発生地付近の道路の車道幅員は約六メートルで二車線となつており、近時、自動車の通行量が激増しているが夜間照明設備としては暗い螢光燈が一基設置されているだけであり、歩道については、被告千葉県は数年前からその必要性を認めて設置にとりかかつたが、ガードレールは設置されず、道路右端(亡上野健次の進行方向よりみて―以下同じ)には、緑石を用いて車道より約二五センチメートル高くした幅員八〇センチメートルの歩道が設けられているところがあるものの、本件事故現場の前後約二五〇メートルの間だけはこれを設けることなく放置したままであつた。すなわち、この間はガードレールはおろか白線を引くなどの歩車道の区別もなされず、歩行者の通行することが予定されている右端路面は未舗装のまま凹凸の著しい路肩のような状態になつており、右側民家との間に存する深い側溝も露出したままになつていた。なお道路左側に白線を引いただけの歩道があるが、その幅員は個所によつては約五〇センチメートル、約二〇センチメートルとまちまちでそこを歩行しようとすれば外側溝に落ち込むおそれがあつた。要するに本件事故現場および付近の道路状況は歩行者の安全確保の上で極めて不完全なものであつて歩行それ自体がすこぶる困難であるばかりでなく、車との接触事故の差し迫つた危険に常にさらされていた。このため、この附近は柏市内でも事故の多発地域となつていた。

亡上野健次は、本件事故当日は残業したうえ、午後九時頃に勤務先の安田生命保険相互会社亀戸支社を退出し、地下鉄千代田線の南柏駅で下車して帰宅のため事故現場の道路右側を歩行中、被告車に衝突され、跳ねとばされたものである。

これについては、被告青野弘の運転の誤りもさることながら、本件道路の設置管理者たる被告千葉県が本件道路を前記のごとくガードレールや十分な明るさの街灯、歩道等を設置せず歩行者の通行の安全を欠いた不完全なままで放置していた瑕疵が競合して本件損害発生の原因となつたものであり、被告千葉県は、国家賠償法二条の責任がある。

4  損害

(一) 葬儀費

原告上野太重郎は葬祭費として五〇万円、墓石建立費用として四五万円を支出した。

(二) 亡健次の得べかりし利益の喪失

亡健次は立命館大学法学部を卒業後、昭和三二年四月一日に安田生命保険相互会社に幹部要員として入社し、死亡当時満四二才(昭和六年三月八日生)で同社亀戸支社の副長の地位にあつた。

(イ) 給与・賞与等

亡上野健次は、死亡当時、月額金一六万二二一二円の給与(基準内給与金九万四〇三〇円、基準外給与金六万八一八二円)を得ていた。

しかして、同人は健康な男子であつたから本件事故にあわなければ、満五七才の定年に至るまで前記勤務先に勤務して給与・賞与等を得ることができたものである。

ところで、同人の昭和四三年から同四八年六月までの間の給与は別表一記載のとおりであつて上昇率は毎年一割を上まわつており、加えて我国の企業の賃金体系はいわゆる年功序列型であり、また毎年かなりのベースアツプが行なわれていることを考えると、同人は今後も前記勤務先に勤務した場合は、定期昇給およびベースアツプを含めて少なくとも毎年一割の昇給を続けることは確実であるとみられる。この前提で同人の死亡の翌月である昭和四八年七月から満五七才の定年に達する前月の昭和六三年二月までの給与の月額ならびに年額は、少なくとも別表二記載のとおりとなり、また同表を前提とした毎年五・九一ケ月分の賞与(死亡した昭和四八年における勤務先の年間賞与率―夏期二・六ケ月分、年末三・三一ケ月分)は別表三記載のとおりとなる。

しかして同人のその間における生活費は収入の三割とみるのが相当であり、これを前提として本件事故当時における現価を年毎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した上合算して本件事故当時における現価を計算すると別紙二、三の各該当欄記載のとおり給与は合計金二、九五〇万六、五八八円、賞与は合計金一、四五〇万八、九九四円となる。

なお、同人は勤務先を定年退職した後も満六五才になるまでは毎年退職時の収入(給与と賞与を合わせたもの)の半額の収入を得ることができたものと解すべきであるから、定年退職する昭和六三年三月から満六五才になる前月の昭和七一年二月までの収入は別表四記載のとおりとなり、前同様にその間における生活費を収入の三割として控除した上年毎に本件事故当時における現価をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して合算して本件事故当時における現価を算定すると、同表の該当欄記載のとおり合計金一、五一六万一、五八二円となる。

(ロ) 退職金

前述のとおり亡上野健次は本件事故にあわなければ満五七才の定年に至るまで前記勤務先に勤務していたと考えられるが、その場合同人は勤続三〇年九ケ月になる。

ところで勤務先の退職金規程(昭和四七年規第一四号)によれば右退職する際は退職一時金として退職時の本給と職能給の合計額(基準給与)に勤続年数に応じて定めた係数を乗じて得た金額とされ(四条)、基準給与に勤続年数に応じて定めた別途の係数を乗じて得た金額を付加して支給される(五条)。

また確定年金として退職一時金に一割を乗じて算出した金額(但し最高七二万円最低三〇万円の範囲内)を年額とし(一一条)、八年間支給される。さらに終身年金として満六五才になつた時、本人の死亡に至るまで年額三〇万円を支給される。(一六条ないし一八条)

そこで前期規程に則り退職金(一時金、確定年金、終身年金)を算定すると別表五記載のとおりとなる。これから年毎にホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除したうえ合算して算定すると、同表該当欄記載のとおり退職一時金は金一、一八五万四、二八四円、退職確定年金は金二九二万三、九二〇円、退職終身年金は七七万四、三〇〇円となり、右三者の合計は金一、五五五万二、五〇四円となる。

(ハ) 勤務先より受領した分の控除

昭和四八年期末分賞与として金九万二、九五五円、退職一時金として金二〇三万三、三九八円、退職確定年金として金一〇一万六、六九五円

右金額を控除した亡上野健次の給与賞与等の喪失利益の合計は金七、一五八万六、七一九円となる。

(三) 慰藉料

亡健次は人生の働き盛りでこれからという時に妻や幼い子を残して死を遂げたものであり、その慰藉料は金七〇〇万円を相当とする。

亡健次の死亡は一家の大黒柱の喪失であり原告上野安子は若くして幼い子を抱えたままで夫を喪い、家庭生活は破壊されて、子の行末を案じ、また生活のために将来は苦難の連続であり、同人の慰藉料は金五〇〇万円をもつて相当とする。

原告上野敏夫、同上野恵子は幼くして父を喪つたもので、その慰藉料は各金三〇〇万円をもつて相当とする。

原告上野太重郎、同上野志波はいずれも老境に入り、子である亡健次が既に自立して妻子とともに平穏な生活を送つていることに安心していた。しかるに突如として壮年でしかも悲惨な態様で先に他界したことによる衝撃は大きく、その慰藉料は各金二〇〇万円をもつて相当とする。

(四) 弁護士費用

原告上野太重郎は原告代理人に着手金として金五〇万円を支払い、また成功報酬金として勝訴額の一割を支払う約束をしたので、弁護士費用は金七五〇万円である。

(五) 亡健次の損害賠償債権は同人の死亡により原告上野安子、原告上野敏夫、原告上野恵子が各三分の一宛相続した。

(六) 以上を集計すると各原告らの損害額は次のとおりになる。

(1) 原告上野安子 金三、一一九万五、五七三円

(2) 原告上野敏夫、同上野恵子 各金二、九一九万五、五七三円

(3) 原告上野太重郎 金一、〇四五万円

(4) 原告上野志波 金二〇〇万円

(七) 受領分の控除

原告らは被告青野茂が加入していた強制保険より金五〇〇万円を受領し、さらに同被告が加入していた任意保険より金一、〇〇〇万円を受領したので、これを各金五〇〇万円あて原告上野安子、同上野敏夫、同上野恵子の前記請求金額に充当する。

5  よつて被告らは各自、原告上野安子に対し金二、六一九万五、五七三円、同上野敏夫、同上野恵子に対し各金二、四一九万五、五七三円、同上野志波に対し金二〇〇万円および右各金員に対する昭和四八年六月二八日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告上野太重郎に対し金一、〇四五万円、および内金二九五万円に対する昭和四八年六月二八日より支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合よる遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  被告青野茂、同青野弘

(一) 請求原因1、2の事実は認める。

(二) 同3の(一)の事実のうち、茂が被告車の所有者であることは認めるがその余は否認する。

(三) 同3の(二)の事実については、茂と弘が兄弟であること、弘が女性を送るために運転中本件事故の発生したこと、弘の運転に過失があつたことは認めるが、その余は否認する。

(四) 同4の事実のうち、茂が原告らに合計金一、五〇〇万円を弁済したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(五) 同5は争う。

2  被告千葉県

(一) 請求原因1の事実は知らない。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3の(三)の事実のうち、(1)の事実は認める。(2)の事実中、本件道路にガードレールがなく、歩車道の区別がなかつたことは認める。その余の事実は争う。

(四) 同4の事実のうち、被告青野茂が原告らに合計金一、五〇〇万円を弁済したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(五) 同5は争う。

三  被告らの主張

1  被告青野茂の主張

被告茂は身体障害者等級表による級別一級の脊髄損傷による両下肢機能全廃の障害者であり、被告車も同人が身体障害者用として所有していたもので、事故時、弘は茂に無断で被告車を運転して交通事故を起したもので、茂に運行供用者としての責任はない。

2  被告青野茂、同弘の過失相殺の主張

本件道路は夜間でも比較的交通量が多く、見通しも悪いのであるから、歩行者も充分前方を注意して進行し、よつて危害の発生を未然に防止すべきであるが、被害者亡健次はまず被告車の進行を認めた場合、事故の発生を未然に防止するため、ひとまず道路右端に退避して被告車の通過を待つて歩行すべきであるのに漫然、直進する被告車の進路上を横断歩行していたものか、あるいは被告車の対向車の進行に気を奪われて前方を注意せず、直進する被告車の進行に気付かずその直前を横断歩行しようとしたものかいずれかであり、いずれにしても本件事故発生については、被害者側にも過失があつたものであり、損害額の算定にあつては右過失を斟酌すべきである。

3  被告千葉県の主張

(一) 本件道路の状況

(1) 本件道路は元国道であつたが、国道六号線の開通により、昭和三七年被告千葉県に移管され、補完道路としての機能を果しているものである。

(2) 松戸市柏市間一〇・六キロメートルを通じ有効幅員五・五メートルの道路構造令上三種四級道路として維持管理されており、事故現場附近に舗装された路肩、未舗装の保護路肩を含め道路敷は八・六メートルの幅があり、全線中広い場所であつた。

(3) 本県道の交通量は、国道六号線の補完道路でもあることから必ずしも多くない。

(4) 国から移管当時、歩車道の区別のない道路であつたが、被告千葉県は昭和四一年から年次計画により、逐年道路幅の狭い部分から歩道設置工事を進めており、本件事故現場は、全線中比較的幅の広い部分であつたので、第三次五ケ年計画中昭和四八年度(昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日)分として昭和四九年三月に歩道工事をした。

(二) 本件道路管理の状況

(1) 本件道路は千葉県東葛土木出張所管理下にあり、同出張所はパトロール車による定期巡回と、補修員三名による補修巡回により一般的管理に欠ける処がなかつた。

(2) 本件事故現場附近において、道路上穴ぼこ等の欠陥はなかつたし、交通の安全を害する如何なる障害物も存在していなかつた。

(3) 本件事故現場附近は歩車道の区別のない道路であり、舗装部分七・二メートルの内、白線の外は路肩であり(白線は道路本体と路肩を区別するもので、道路構造上舗装の厚さ等に差異が認められていることからの区別のためで、歩道と車道との区別ではない。)、未舗装部分一・四メートルは保護路肩である。

(4) 保護路肩は道路本体を保護する部分で未舗装を通常とし、原則として通行の用に供する部分ではない。もつとも現場附近は市街地であるから、未舗装の保護路肩部分を歩行者が通行することも可能であつたが、歩行者の通行に当りその安全性を充す整備がなされていた。

(5) ガードレールの設置がなかつたが、歩車道の区別のない道路であるから当然であり、又歩道との境にガードレールを設置すると、車両とガードレールとの間に自転車等がはさまれる事故の発生した例等もあつて、最近では余り採用されないものである。道路幅に充分な余裕のない本件現場では(ガードレール自身二〇ないし二五センチメートルの幅を要する)ガードレールの設置は不適当である。

(三) 本件事故と道路の状況との間には相当因果関係がない。

(1) 本件事故は第一に被告青野弘の飲酒の上制限速度を超えて運転した速度違反、安全運転義務違反に起因するものである。

青野弘は被害者を発見し衝突を避けるため右に転把したが、対向車との衝突の危険を感じ左に転把して被害者に衝突したと言うのであつて、道路の状況といささかの関係もない。

(2) 次に被害者の過失である。当時交通量は極めて少く何等の危険を感ずることなく、安全に道路上を歩行し得たものである。しかも前照灯によつて対面進行してくる車両の発見は極めて容易であつたはずであるから、車両の進行に注意し、片側幅員三メートルあつた道路の端に寄つて歩行すれば、充分衝突を避け得たものである。

被告青野弘が被害者との衝突を避けるため右に転把した事実により判断すると、被害者は可成りの程度に道路中央によつて歩行していたものと認めざるを得ず(青野弘の供述する如く被害者が横断しようとしていたか否かは別としても)この点に不注意があり、この過失が本件事故の原因となつているものである。而して、右被害者の行動と道路の状況との間にも留意すべき関係は存在しないものである。

(3) 亡健次は、本件事故現場のすぐ近くに居住し、毎日通いなれた道路であり、本件道路の状況については十分に知つていたものであつた。

四  被告らの主張に対する原告の答弁

被告らの主張については、すべて争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生および結果

原告主張の請求原因1の事実は被告青野両名の自白するところであり、被告千葉県に対する関係ではいずれも〔証拠略〕により認められるところで右認定に反する証拠はない。

二  原告らの身分

請求原因2の事実(原告らの身分)関係については、当事者間に争いがない。

三  被告らの責任

(一)  被告青野両名

被告青野茂が被告車の所有者であることは、原告らと被告青野両名との間に争いはない。

〔証拠略〕を総合すれば、被告青野茂は、身体障害者センターに行くために被告車を運転し使用していたこと、そして、弘と茂とは兄弟の関係にあつて隣りに居住し、従来も茂から被告車を借り受けて運転したことがあること、被告車の鍵は茂の家の玄関の柱にかけてあり自由に持ち出すことができたこと、弘が被告車を借り受けたのは、訴外永井憲子とのドライブのため一時使用のためであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実関係からすると本件事故当時、弘が茂の承諾を得ないで私用のため被告車を運転していたからといつて、茂が被告車の運行について支配を失つていたものと解される事情は認めることはできず、茂は運行供用者として本件事故による損害を賠償する責任がある。

また右事実関係からすると、被告弘も運行供用者として本件事故による損害を賠償する責任がある。

(二)  被告千葉県

本件事故のあつた道路は松戸と柏とを結ぶ千葉県道であつて被告千葉県が管理していることは当事者間に争いがない。本件事故発生地付近ではガードレールが設置されていないことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

(1)  本件道路はもと国道であつたが国道六号線の開通により昭和三七年被告千葉県に移管され、国道六号線の補完道路としての機能を果していること、

(2)  本件道路は道路構造令(昭和四五年政令三二〇号)の公布以前から存した道路であり、改築する場合以外には同令の適用がないが、同令上は三種四級の道路であること、三種四級の道路幅員は五・五メートルを必要とするが、本件道路は舗装部分が七・二メートルで(北西側から約〇・七メートルのところに路側帯の白線、そこから約三メートルのところに中央線、そのあと約三・五メートル)あり、その東南側に未舗装の路肩部分が一・四メートルあつて、幅員においてかけるところはないこと、

(3)  千葉県は交通安全対策として昭和四一年から歩道と車道とを区別する計画をたて、これを実行していること、本件道路は昭和四六年からはじまる第三次五ケ年計画としてその対象となり、幅員の狭いところから実施していること、本件事故地点より富里方面に約六〇メートルのところの交差点より東北側、また中新宿方面へ約二三〇メートルのところより南西側には歩道ができていること、本件事故付近の道路は昭和四八年度施工部分であり事故当時は歩車道の区別のない道路であつたが、年度内の昭和四九年三月に右分離工事が着工されたこと、

(4)  本件道路は終日駐車禁止で、最高速度が時速四〇キロメートルに制限されているが、本件事故当時は午後一〇時をすぎており、事故地点付近では、歩行者の通行は殆んどなく、自動車の交通も少かつたこと、それで被告青野弘は飲酒のうえ被告車を時速六〇キロメートル以上の速度で(警察では時速八〇キロメートルといつていたが、のち撤回している)富里方面から中新宿方面に向け、運転し、事故現場手前の交差点にさしかかつたこと、その際被告車の進行方向の信号は黄の点滅であつたこと、道路は直線であり前方約五〇〇メートルの地点に対向してくる自動車をも発見したが、ほかに車がなかつたのでそのままの速度で通過したこと、その直後約一九・二メートル前方のところを(実際には、その後、右にハンドルを切りさらに左に切つていることからするともう少し距離がなければならないと思われる)歩行中の亡健次がいることに気づいたが同人は道路の左から右へ横断するような姿勢をしているように思われたので、同人の前を通過しようとハンドルを右に切つたところ対向車と衝突しそうになり慌ててハンドルを左にもどしたところ、被告車の左前部ライト付近を亡健次の右足ふともものあたりに衝突させ、そのまま暴走して塀にぶつかつて停止したこと、

(5)  被告車の車幅は一・五一メートルであること、

(6)  ところで、本件事故当時、道路の東南部の未舗装部分は約三〇メートルほどの長さにわたつてぬかるみの状態になつていたこと、付近に螢光灯の街灯があるが、まわりは暗く見とおしは悪いこと、したがつて歩行には良いが車はライトをつけることが必要であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実からすると被告青野の進行している道路の進行方向右側部分はセンターラインから路側帯まで三メートルの幅員がありその外に約〇・七メートルの舗装部分があり、したがつて対向車が走行するに十分であり、左側の被告青野の進行部分は三・五メートルあり(被告車の車幅は一・五一メートルで)、街灯もあつて歩行者は未舗装部分を通らずとも舗装部分の左端を安全に通行しうるものであり、又、速度規制もあるし、法令上も欠ける点はないものである。

原告はガードレールを設置するか、車道より一段高くなつた歩道を設けるか、いずれかの必要がありと主張し、交通安全対策上、歩車道を分離することが望ましいことはいうまでもないが、安全対策は瑕疵があつてはじめてするものではないものであつてこれがないことをもつてただちに道路として瑕疵があるとはいえず、結局は本件事故当時の社会通念によつて判断すべきところ、以上の判断からすると街灯の点も含め本件道路の設置、保存、管理に瑕疵があつたとは認められない。本件事故は被告青野が交通量の少いことから最高制限速度をこえた高速で進行し、歩行者を発見したならばこれとの接触をさけるため当然減速すべきところ何ら減速せず、対向車があるのにハンドルを右に切つた操作だけで対処しようとしたため、対向車と衝突しそうになり、これを避けるため、歩行者のことなど考えずハンドルを左に切つたという被告青野弘の重大な過失によつて本件事故は発生しているものであつて道路の瑕疵によるものではない。また亡健次の行動についても被告青野弘の供述しか証拠はなく、亡健次が横断しようとしたのではないとのきめ手となる証拠もないのであり、亡健次が未舗装部分をさけるためだけに道路中央に出てきたと断定しうる証拠もないのである。

なお、原告は本件事故地点が事故多発地点であるというが、〔証拠略〕によると、事故多発地点は、本件事故地点より西南に進んだところにある交差点であることが認められるのであつて、本件地点が事故多発地点ではない。

また原告は本件道路の片側にのみ路側帯があつたことを瑕疵と主張するが両側に設けなければならない事情も認められないから右主張も採用できない。

したがつてその余の点につき判断するまでもなく、被告千葉県に対する請求は理由がない。

四  損害

(一)  葬儀費

〔証拠略〕によると、原告上野太重郎は、亡健次の葬儀に関して住所地の柏で三〇万円、埋葬地の舞鶴で二〇万円の各支出をし、そのほかに墓石建立費として四五万円の支出をしたことが認められる。右金額のうち六〇万円を、本件事故による損害として加害者の負担とするのが相当である。

(二)  亡上野健次のうべかりし利益

(1)  給与・賞与等の逸失利益

〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。

亡健次は昭和六年三月八日生の男子であり、立命館大学法学部を卒業し、昭和三二年四月一日訴外安田生命保険相互会社に入社し、事故当時同社の亀戸月掛支社副長をしていた。同人の死亡前の平均一ケ月の給与額は一六万二、二一二円、年間賞与は五・九一ケ月分九七五、〇二一円であり同人の一年間の収入は一、九四六、五四四円であつた。ところで、亡健次は健康であつたから本件事故にあわなければなお満五七才の定年に達する昭和六三年まで一五年の間同社に勤務し、右以上の収入をあげることができた。昭和四三年から同四八年六月までは、同人の給与は毎年一割以上の昇給があつた。

ところで原告らは、亡健次の将来の給与の計算につき、定期昇給およびベースアツプを含めて毎年一割の昇給を見込むべしと主張し、昭和四三年から四八年六月まで毎年一割以上の昇給があつたことは認められるが、現今の経済情勢から考えて将来の昇給並びにベースアツプが合理的に疑いを容れない程度に確実なものと認めることはできない。しかも、損害賠償額は現在の時点における貨幣の支払を命ずるものであるから、将来における給付額を現在における価値に換算する手続を必要とし、貨幣価値の下落が見込まれるならば、その分を差し引くことを要する。この点を考えるとベースアツプ分は貨幣価値の減少とほぼ見合うものとして捨象すべく、純粋の昇給分のみを認めるのが相当である。

〔証拠略〕によると亡健次は、事故当時本給は四級職一四五号職能給は四級職三号であつたが、本件事故にあわなければ、昭和四九年四月に、本給は四級職一四九号に、職能給は四級職四号にそれぞれ昇給したと考えられるところ、その差額をみるに給与表上本給において八三〇円、職能給において二四〇〇円、付加給で二〇〇円、合計三四三〇円の増額となると考えられる。したがつて純粋の昇給分だけを考慮すると亡健次の昭和四九年四月からの給与は、月額一六万五六四二円となる。その後の昇給についてはこれを確定する証拠がないから、同社における収入はその後も月額一六万五六四二円として計算するのが相当である。

なお昭和六三年三月に五七才で定年となるので同年の三月以降昭和七一年二月の六五才までは月額はその約四分の三の一二万円として、計算するのが相当である。

そして、年毎にライプニツツ式計算法により年五分の割合に中間利息を控除して合算して昭和四八年における現価を計算すると別表6のとおり三、五六八万七、九三一円となる。

ところで、右収入をあげるについて、それぞれその収入の約三割の生活費を要すると考えられるから、これを控除することとする。

そうすると二、四九八万一、五五一円となる。

2 退職金の減収による逸失利益

亡健次が本件事故にあわなければ満五七才の定年にいたるまで三〇年九ケ月勤務したであろうと考えられることは、すでに認定した事実から認められるところであるが、〔証拠略〕によると安田生命保険相互会社には内勤員退職金規程があり、これによると次のように退職金が算定されることが認められる。(別表7参照)

(1) 退職一時金六九二万九二三四円。

これらの事故時の現価はライプニツツ式により三三三万二九六一円となる。

(2)  退職確定年金は昭和六三年から昭和七〇年までの間毎年六九万二九二三円宛。

これの事故時の現価(年毎にライプニツツ式で計算)は二二六万一九七七円。

(3)  退職終身年金 昭和七一年分三〇万円。

昭和七二年分以降はすべて生活費として費消されると思われるので、これ以降の年金は計算しない。

その事故時の現価を前記方式により求めると、九万七六五〇円となる。

(4)  以上を合計すると五六九万二五八八円となる。

3 右12を合計すると三〇六七万四一三八円となる。

右金額から原告らが自認する亡健次が安田生命から受領した昭和四八年期末分賞与九万二九五五円、退職一時金二〇三万三三九八円、退職確定年金一〇一万六六九五円、合計三一四万三〇四八円を控除した二七五三万一〇九〇円が亡健次のうべかりし利益の喪失の損害の現価となる。

(三)  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告らおよび亡健次が本件事故により原告主張の事由等により多大の精神的打撃を受けたことが認められる。その慰藉のために、それぞれ、次の金額の支払を受けるのが相当である。

1  亡健次 二〇〇万円

2  上野安子、上野敏夫、上野恵子各一五〇万円

3  上野太重郎、上野志波各五〇万円

(四)  過失相殺

被告青野らの過失相殺の主張について判断するに、すでに認定したように亡健次が事故当時道路横断中であつたとの被告青野弘の供述があるが、同被告ははつきりしないともいつているので、結局これを認めるに足りる証拠はなく、亡健次に過失があつたとは認められない。

(五)  亡健次の損害について考えるに、得べかりし利益の喪失について二七五三万一〇九〇円、慰藉料二〇〇万円で合計二九五三万一〇九〇円となるところ、同人の死亡により原告らの身分関係からして、原告上野安子、原告上野敏夫、原告上野恵子が三分の一の九一七万七〇三〇円宛相続したことは明らかである。

そうすると右原告ら三名の損害賠償債権額は、国有の慰藉料と合算し各一〇六七万七〇三〇円となる。ところで右原告ら三名は強制保険から五〇〇万円、任意保険から一〇〇〇万円受領しこれを各五〇〇万円宛、損害賠償金の内入としてこれを控除するので、これを控除すると残金は五六七万七〇三〇円となる。

また、原告上野太重郎の賠償金額は合計一一〇万円、原告上野志波のそれは五〇万円である。

したがつて原告らの請求認容額の合計は弁護士費用を除き合計一八六三万一〇九〇円となる。

(六)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、そのうち五〇万円は着手金として支払ずみであり、あとは勝訴額の一割を支払うことになつていることが認められる。しかして本件事故と相当因果関係ある弁護士費用は右認容額の約八分にあたる一五〇万円とするのが相当である。

五  結論

よつて原告らの本訴請求は被告青野両名に対し各自(連帯して)原告上野安子、上野敏夫、上野恵子において各五六七万七〇三〇円、原告上野太重郎において二六〇万円、上野志波において五〇万円およびこれら(ただし、上野太重郎の弁護士料一五〇万円を除く)に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四八年六月二八日から、右各支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告青野両名に対するその余の請求ならびに被告千葉県に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田潤一)

別表1 過去5ケ年の給与明細

<省略>

別表2 将来の給与計算表

<省略>

上記表の現価表

<省略>

別表3 将来の賞与計算表

<省略>

上記表の現価表

<省略>

別表4 退職後の収入計算表

<省略>

上記表の現価表

<省略>

別表5 退職金計算表

1 退職一時金

(1) 392,229円(基準給与)×47.2(係数)=19,113,208円 (規程4条)

(2) 392,229円(基準給与)×4.2(係数)=1,647,361円 (規程5条)

(3) 19,113,208円(上記(1)の金額)+1,647,361円(上記(2)の金額)=20,760,569円

備考 <1> 基準給与は死亡した48年当時の94,030円を基礎とし、毎年10%の昇給するものとして定年退職時の63年のものを算出した

<2> 上記各係数は規程別表1、3の30年勤続の場合の係数である

(4) 上記(3)の金額の本件事故当時における現価

20,760,569×0.571(ホフマン係数)=11,854,284円

2 退職確定年金

(1) 20,760,569(上記1の(2)の金額)×0.1(係数)=2,076,056………最高限度年額72万円に制限(8年間支給) (規程11条・12条)

(2) 上記(1)の72万円の本件事故当時における現価

<省略>

3 退職終身年金

(1) 満65才より死亡に至るまで年額30万円 (規程17条・18条)

(2) 上記(1)の金額の本件事故当時における現価

<省略>

別表6 将来の給与および賞与計算表

<省略>

別表7 退職金計算表

1 退職一時金

134,810基準給与×(47.2+4.2)係数=6,929,234 (規程4条・5条)

備考 基準給与は甲第四号証の数値による。

上記金額の本件事故当時における現価

6,929,234×0.481 15年のライプニツツ式係数=3,332,961

2 退職確定年金

6,929,234×0.1=692,923 (規程11条・12条)

63年から70年までの各計算

692,923×(13.1630-9.8986)ライプニツツ式係数=2,261,977

3 退職終身年金

65才時における年金30万円 (規程17条・18条)

300,000×0.3255=97,650

66才時以降の年金は生活上に費消され、それを上まわる分はないと考えられるので算定しない。

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